私はずっと、「いい人」でいようとしていました
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私はずっと、
「いい人」でいようとしていました。
嫌われないように。
迷惑をかけないように。
嫌な思いをさせないように。
誰かに必要としてもらえるように。
いつも、自分よりも周りのことを考えていました。
本当は嫌でも、
「いいよ。」
本当はつらくても、
「大丈夫。」
自分が悪いわけではなくても、
「ごめんね。」
そんな言葉が、いつの間にか当たり前になっていました。
嫌われることが、何よりも怖かった
誰かの機嫌が悪ければ、
自分のせいかもしれないと思って。
場の空気が悪ければ、
何とかしなければと思って。
相手の表情や声のトーンが少し変わるだけで、
「何かしてしまったかな」と不安になる。
いつも周りの顔色をうかがっていました。
そして、私は一人になることも怖かったです。
どこかに所属していないと、不安で。
誰かと一緒にいないと、
周りからどう見られるのかが気になって。
本当は一人で過ごしたいときでも、
無理をして誰かと一緒にいようとしていました。
人に合わせることが、
自分の居場所を守る方法だと思っていました。
気づけば、自分の気持ちが分からなくなっていました
「いい人」でいようとすればするほど、
私は自分の気持ちを後回しにするようになりました。
本当は嫌でも、我慢して。
言いたいことがあっても、飲み込んで。
疲れているのに、笑顔で「大丈夫」と言って。
意見を求められても、
自分がどう思うかより、
相手が何を望んでいるのかを考えていました。
「○○(私)はどうしたい?」
そう聞かれても、すぐには答えられなくて。
自分の気持ちを考える前に、
「周りはどう思うかな」
「嫌われないかな」
「迷惑じゃないかな」
そんなことばかりが頭に浮かんでいました。
そして、一人になった夜。
「あれでよかったかな」
「変なことを言ってないかな」
「嫌われてないかな」
その日の会話を、何度も思い返していました。
相手はもう忘れているかもしれないのに、
私は一人で反省会を続けていました。
誰かに嫌われないように。
自分のために、頑張っていたはずなのに。
いつの間にか、
自分自身が疲れてしまっていたのです。
社会人になって、初めて気づいたこと
そんな私の考え方が変わり始めたのは、
社会人になってからのことでした。
学生時代は、毎日が集団行動。
教室でも、休み時間でも、
誰かと一緒にいることが当たり前のような環境でした。
そんな中で、私はずっと、
一人ぼっちになることを恐れていました。
友達がいなければ、
クラスの中で孤立してしまうかもしれない。
孤立することが怖い。
でも、それ以上に怖かったのは、
孤立している自分を、周りの人に見られること。
「あの子、友達いないんだ」
そう思われるかもしれない。
一人でいる私を見て、
クラスメイトが何を思うのか。
それを想像するだけで、
ゾッとするほど怖かったのです。
だから私は、必死でした。
嫌われないように。
一人にならないように。
周りから浮かないように。
自分の気持ちよりも、
集団の中に居場所を作ることを優先していました。
でも、社会人になって。
生活が、大きく変わりました。
学校のように、
休み時間も、移動するときも、
いつも誰かと一緒にいる必要はありません。
仕事が終われば、自分の時間。
誰と過ごすかも、
どう過ごすかも、
自分で選べるようになりました。
そのとき、ふと気づいたのです。
「あれ、こんなに楽なんだ」
誰かに合わせなくてもいい。
無理に集団の中にいなくてもいい。
一人で過ごしていても、
以前ほど周りの目を気にしなくていい。
それまで当たり前だと思っていた緊張から、
少し解放されたような気がしました。
そして、初めて思いました。
私は、一人でいることが嫌だったんじゃない。
一人でいる自分を、周りにどう思われるかが怖かったんだ。と。
もちろん、今でも人の目が気になることはあります。
それでも、社会人になって、
自分の時間を持てるようになったことは、
私にとって大きな転機でした。
無理に誰かと一緒にいなくても、
自分の居場所はなくならない。
そう気づけたことで、
少しずつ「いい人」でいようとする気持ちも、
変わっていきました。
「いい人」をやめても、優しさはなくならない
私は、「いい人」をやめました。
でも、
優しい人でいることをやめたわけではありません。
誰かを傷つけたいわけでも、
冷たい人になりたいわけでもありません。
ただ、
嫌われないために、自分を犠牲にすることをやめたい。
そう思うようになりました。
嫌なことは、嫌と言ってもいい。
疲れたら、断ってもいい。
できないことは、できないと言ってもいい。
誰かの機嫌を、
いつも私が直さなくてもいい。
誰かの問題を、
すべて私が解決しなくてもいい。
相手を大切にすることと、
自分の気持ちを我慢することは、
同じではないのだと思います。
もちろん、今でも嫌われるのは怖いです。
できれば、誰からも嫌われたくない。
人の顔色を気にしてしまう日もあります。
それでも、
以前より少しだけ、
自分の気持ちに目を向けられるようになりました。
誰かの評価で、自分の価値を決めなくてもいい
昔の私は、
いつも誰かと自分を比べていました。
友達の数。
人からの評価。
どこに所属しているか。
どれくらい好かれているか。
そんなものを基準にして、
自分の価値を決めようとしていました。
でも、今は思います。
誰かに好かれているから、価値があるわけではない。
友達が多いから、幸せとは限らない。
周りと同じようにできないからといって、
自分が劣っているわけでもない。
私には、私の人生がある。
私には、私の幸せがある。
私には、私の大切な人たちがいる。
それでいい。
誰かの人生を基準にして、
自分の人生に点数をつけなくてもいいのだと思います。
今も、少しずつ変わっている途中です
「いい人」をやめたと言っても、
すべてが変わったわけではありません。
今でも、人の顔色を気にしてしまいます。
嫌われたくなくて、
自分の意見を飲み込むこともあります。
一人になった夜に、
会話を思い返してしまうこともあります。
でも、そんな自分を、
以前ほど責めなくなりました。
また周りに合わせてしまったとしても。
また自分の気持ちを後回しにしてしまったとしても。
「今日はそういう日だったんだな」
そう受け止められる日が、少しずつ増えています。
完璧に変わらなくてもいい。
昨日できたことが、
今日できなくてもいい。
自分の気持ちを大切にすることも、
きっと少しずつでいいのだと思います。
最後に
私はずっと、
誰かに好かれるために頑張っていました。
嫌われないように。
認めてもらえるように。
必要としてもらえるように。
でも、これからは。
自分が、自分らしくいられるように。
自分の気持ちを、置き去りにしないように。
そんなふうに生きていきたいと思っています。
誰かに嫌われても。
一人の時間があっても。
周りと違っていても。
私は、私でいていい。
そう思えるようになったことが、
今の私にとって、何より大切な変化です。
もし、この記事を読んで、
少しでも自分と重なるところがあったなら。
「こんな人もいるんだ」
そう思ってもらえるだけで嬉しいです。
誰かに優しくするのと同じくらい、
自分の気持ちも大切にできますように。
この場所が、
少しでも安心できる場所になりますように。



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