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昔の私は、いつも誰かと自分を比べていました
昔の私は、いつも誰かと自分を比べていました。
比べたくて、
比べていたわけではありません。
気づけば周りの人を見て、
自分に足りないものを探していました。
「あの人は、友達がたくさんいる」
「あの人は、いつも誰かと楽しそうにしている」
「あの人は、みんなに好かれている」
それに比べて、私は……。
そんなふうに、
誰かを見るたびに、
自分が劣っているような気がしていました。
友達の数が、自分の価値を決めると思っていました
学生時代の私は、
人付き合いが上手な人に憧れていました。
友達がたくさんいて、
いつも誰かに囲まれていて、
どんな人とも自然に話せる人。
そんな人を見るたびに、
「いいな」と思っていました。
一方で、私は。
大人数での会話が苦手で、
周りの空気を気にしすぎてしまう。
誰かと一緒にいても、
気を張って疲れてしまうことがありました。
それなのに、
一人でいる自分を見られることも怖くて。
「友達が少ないと思われたら、どうしよう」
「寂しい人だと思われたら、どうしよう」
「つまらない人だと思われたら、どうしよう」
そんなことばかり考えていました。
当時の私は、
友達が多いことも、
人付き合いが上手なことも、
幸せであるために必要な条件だと思っていました。
だから、周りと比べては落ち込んで。
自分にないものを探しては、
「もっとこうなれたらいいのに」と思っていました。
今振り返ると、
自分が本当に望んでいることよりも、
周りからどう見られるかを第一に考えて行動していました。
私は、誰のための幸せを探していたんだろう
人と比べていた頃の私は、
いつも誰かを基準にしていました。
あの人より、友達が少ない。
あの人より、人付き合いが苦手。
あの人より、うまくできていない。
そうやって、
自分に足りないものばかり数えていました。
でも、大人になって、
自分の時間を持てるようになってから。
少しずつ、考え方が変わっていきました。
もし、友達がたくさんいたとして。
もし、いつも誰かと一緒に過ごしていたとして。
それは、本当に私が望んでいる生活なのかな。
周りから見て楽しそうなことと、
自分が心から楽しいと思えることは、
同じとは限らない。
私はずっと、
「自分がどう感じるか」ではなく、
「人からどう見えるか」で、
幸せを決めようとしていたのかもしれません。
そのことに気づいてから、
少しずつ、自分の気持ちを考えるようになりました。
私にとっての幸せは、自分で選べる毎日でした
大人になって、
自分の時間を持てるようになって。
少しずつ、
自分の好きなように過ごせる時間が増えました。
今は、毎日のほとんどすべてが、
私にとって大切な時間です。
外に出かけるなら、
自分が行きたい場所へ。
お店に入るなら、
自分が好きなお店へ。
家では、
自分が見たいドラマや番組を見て。
休日は、
誰かのペースに合わせることなく、
のんびりと過ごす。
特別なことをしていなくても、
そんな何気ない時間が、幸せです。
学生時代の私は、
自分が何をしたいかよりも、
周りにどう思われるかを気にしていました。
行きたい場所より、
みんなが行く場所。
自分の気持ちより、
周りの人の気持ち。
自分の好みよりも、
周りの流行りに合わせる。
そうやって、
自分の希望を後回しにすることが当たり前でした。
だからこそ、今。
自分がやりたいことを、
自分で選べる毎日が、
こんなにも心地よいのだと思います。
でも、一つだけ、
感じていることもあります。
それは、
自分の世界が、少し狭くなったということ。
学生時代は、
自分の興味がないことにも、
自然と触れる機会がありました。
自分とは違う考え方を持つ人と話したり、
知らなかったことを知ったり。
当時は、それが負担になることもありました。
でも、今は。
自分が好きなことを選べる分、
興味のない分野に触れる機会は減りました。
そのせいか、
価値観や経験、知識の幅は、
以前より狭まっているなと感じています。
自由になったからこそ、
出会わなくなったものもある。
それは、今の生活で感じている、
一つの変化です。
だからといって、
今の暮らしを後悔しているわけではありません。
私は今の生活が好きです。
自分のペースで過ごせる毎日が、
本当に幸せです。
ただ、
心地よい生活を選ぶことにも、
別の一面があるのだと思います。
これから先、
また何か新しいことに興味を持つ日が来るかもしれない。
そのときは、
誰かに合わせるためではなく、
自分が知りたいと思ったから。
そんな気持ちで、
新しい世界に触れられたらいいなと思っています。
誰かと同じ人生を送らなくても、
自分が幸せだと思える毎日を選んでいい。
今は、そう思っています。
人と比べることを、完全にやめたわけではありません
とはいえ、
今でも人と比べることはあります。
誰かの楽しそうな姿を見て、
「いいな」と思うこともあります。
自分よりもうまくいっているように見える人を見て、
落ち込んでしまうこともあります。
だから、
人と比べることを完全にやめられたわけではありません。
ただ、以前と少し変わったことがあります。
それは、
比べてしまった自分を、
必要以上に責めなくなったこと。
誰かを羨ましいと思う日があってもいい。
自分にないものが気になる日があってもいい。
そんな気持ちを、
無理になくそうとしなくてもいい。
「あの人はあの人」
「私は私」
そう考えられる日が、
少しずつ増えてきました。
誰かを羨ましいと思ったからといって、
今の自分の生活が、
急に価値のないものになるわけではありません。
比べて落ち込んでしまったときも、
最後には、自分の大切なものに目を向けられたら。
今は、そんなふうに思っています。
誰かの人生を基準に、自分の人生を採点しなくていい
昔の私は、
誰かの人生を見ながら、
自分の人生を採点していたのかもしれません。
友達の数。
人付き合いの上手さ。
周りからの評価。
自分にはないものを見つけるたびに、
勝手に点数を下げていました。
でも、本当は。
誰かと同じものを持っていなくても、
自分の生活を大切にしていい。
誰かと同じように過ごしていなくても、
自分が心地よいと思える時間を選んでいい。
人から見て華やかな毎日ではなくても、
自分にとって穏やかで、
安心できる毎日なら。
それも、私にとって大切な幸せです。
誰かの幸せを、
自分の幸せの基準にしなくてもいい。
そう思えるようになってから、
少しだけ、楽になりました。
人の目が怖くて、周りに合わせ続けていた頃のことは、
こちらの記事でも綴っています。
【私は、「いい人」をやめました】
最後に
人と比べてしまうことは、
今でもあります。
きっと、これからもあると思います。
でも、そんなときは。
誰かが持っているものではなく、
今の自分が大切にしているものを、
思い出したいと思っています。
私には、私の生活がある。
私には、私の好きな時間がある。
私には、私の大切な人たちがいる。
それでいい。
無理に誰かのようにならなくても、
誰かと同じ幸せを目指さなくてもいい。
自分にとっての幸せは、
自分で決めていい。
これは、私がこれまでの経験から、
少しずつ気づいたことです。
もし、この記事を読んで、
自分と重なるところがあったなら。
「こんな考え方もあるんだ」
そう感じてもらえるだけで嬉しいです。
誰かと比べて、
自分に足りないものを探すのではなく。
自分がすでに大切にしているものにも、
目を向けられますように。
あなたにとっての幸せも、
大切にできますように。




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