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大学生の頃。
私は嘔吐恐怖症に苦しんでいました。
外へ出るのが怖い。
電車が怖い。
教室が怖い。
ご飯を食べるのも怖い。
毎日、予期不安と戦っていました。
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その頃。
世の中は、
新型コロナウイルスの流行によって、
大きく変わりました。
大学もオンライン授業になり、
それまで毎日通っていた学校へ行く必要がなくなりました。
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正直に言うと。
私は少しだけ、ほっとしました。
もちろん、
コロナによって大変な思いをした方もたくさんいます。
私自身もコロナに罹患し、
大変な思いをした当事者です。
だから、
「コロナが良かった」
と言いたいわけではありません。
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ただ。
当時の私にとっては、
外へ出なくてもいい理由ができたことが、
本当に救いでした。
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それまでの私は、
怖くても学校へ行かなければいけませんでした。
気持ち悪くても。
不安でも。
毎日外へ出ていました。
泣きながら大学へ向かったこともあります。
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でも突然。
世の中全体が、
「家にいてください」
という状況になって。
私は初めて、
「無理をしなくていい時間」
を手に入れました。
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誰かに合わせる必要もない。
無理に外へ出る必要もない。
自分のペースで生活できる。
その環境は、
予期不安で疲れ切っていた私にとって、
とても大きな支えでした。
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もちろん、
症状が消えたわけではありません。
相変わらず不安はありました。
気持ち悪さもありました。
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でも。
自分のペースで動けるようになったことで、
少しだけ心に余裕が生まれました。
体調が良さそうな日は、散歩に出る。
無理そうな日は、家で休む。
そんな生活を続けていました。
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当時付き合っていた彼(現在の旦那さん)も、
よく散歩に付き合ってくれました。
「今日は行けそう?」
私のペースを優先してくれて。
無理に引っ張ることもなく、
でも見放すこともなく、
隣にいてくれました。
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今、振り返ると。
あの時期は、
回復の第一歩だったと思います。
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でも。
コロナ禍が落ち着き、
少しずつ日常が戻ってきた頃。
私は再び、
予期不安に苦しむことになります。
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結局、
外へ出ないことによって、
予期不安を感じる機会が減っていただけで。
症状そのものが消えたわけではありませんでした。
むしろ私は、
「元の日常へ戻ることへの恐怖」
「菌への恐怖」
と向き合うことになります。
その時の苦しさや、
コロナ禍の終わりとともに戻ってきた不安については、
こちらの記事で詳しく綴っています。
➡【コロナ禍の終わりと、一緒に戻ってきた不安】
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それでも。
あの期間がなかったら、
私はもっと追い詰められていたと思います。
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今思うのは、
人はずっと走り続けられるわけじゃないということ。
当時の私は、
休むことに罪悪感を持っていました。
でも本当は、
休むことが必要な時期もあります。
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もちろん、
コロナ禍そのものを肯定することはできません。
ただ、あの時に生まれた「立ち止まる時間」は、
私に、休むことの必要性を教えてくれました。
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もし今、
不安や恐怖で疲れ切っている方がいたら。
休むことは、
逃げではありません。
立ち止まることが、
次の一歩につながることもあります。
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あの頃の私も、
立ち止まったからこそ、
少しずつ前へ進めるようになりました。
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「休んではいけない」
「頑張らなきゃいけない」
そう思っている方ほど、
本当は疲れ切っているのかもしれません。
もし今、
不安や恐怖で立ち止まっているなら。
その時間にも、
きっと意味があります。
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「こんな人もいるんだ」
そう思ってもらえるだけで嬉しいです。
この場所が、
少しでも安心できる場所になりますように。




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