人の目が気になる私が、少し楽になれた考え方

02. HSP

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人の目が気になる私が、少し楽になれた考え方

人の目が、
どうしても気になってしまう。

誰かの表情が変わると、
自分が何か悪いことをしたのではないかと思ってしまう。

会話が途切れると、
自分の発言が原因だったのではないかと考えてしまう。

そんな経験が、
私には何度もありました。

昔から、
周りの人の反応や、その場の空気に敏感でした。

人と話しているときも、
自分の言葉がどう受け取られるのか気になってしまう。

何気ない会話のあとでさえ、
「あの言い方でよかったのかな」と振り返って。

そんな自分を、
何度も変えたいと思ってきました。

でも、
大人になった今でも、
不安を感じることはあります。

それでも最近は、
不安を感じたときに、
自分に言い聞かせていることがあります。

それは、
「周りの人は、私の審査員ではない」
ということです。

この考え方だけで、
すべての不安がなくなるわけではありません。

でも、
普段の生活の中では、
少しだけ気持ちが楽になることがあります。

今回は、
そんな私の経験について綴りたいと思います。

人の視線や反応が、昔から気になっていました

私は学生時代から、
人の目を気にしながら過ごしていました。

自分の発言に対して、
相手がどう反応するのか。

その場の雰囲気が、
悪くなっていないか。

誰かを不快にさせていないか。

そんなことが、
いつも頭のどこかにありました。

特に、
複数人での会話が苦手でした。

2人なら話せても、
3人以上になると、
発言するタイミングが分からなくなる。

何を話せばいいのか考えているうちに、
会話が進んでしまう。

そして、
話せなかった自分を、
あとから責めてしまう。

そんなことを、
何度も繰り返していました。

大人になってからも、
苦手意識がなくなったわけではありません。

仕事では、
上司や部下とコミュニケーションは必須で。

仕事自体は、
自分なりに何とかこなしていました。

でも、
人と関わることに緊張したり、
疲れてしまったりすることは、
変わりませんでした。

相手がどう思っているか、分からないのに

以前の私は、
相手のちょっとした反応を、
悪い方向に受け取ってしまうことがありました。

相手の表情が、
少し曇ったように見えたとき。

返事が、
いつもより短かったとき。

会話が、
ふと途切れたとき。

「何か変なことを言ったかな」

「嫌な気持ちにさせたかな」

そんな考えが、
頭に浮かんできました。

でも、
相手が実際にどう思っていたのかは分かりません。

たまたま疲れていたのかもしれない。

別のことを考えていたのかもしれない。

そもそも、
何も気にしていなかったのかもしれない。

もちろん、
本当に自分の言葉が原因だった可能性もあります。

でも、
確かめられないことまで、
すべて自分のせいだと決めつける必要はないはずです。

相手の気持ちは分からないのに、
自分の中で悪い答えを出してしまう。

私は、
そんなふうに考えることで、
不安を大きくしていたのかもしれません。

周りの人は、私の審査員ではない

そんな私が、
今も意識している考え方があります。

それが、
「周りの人は、私の審査員ではない」
という言葉です。

以前の私は、
人と話すたびに、
自分が評価されているような気持ちになることがありました。

今の発言は、
正しかっただろうか。

変な人だと、
思われなかっただろうか。

もっと上手に話せたのではないだろうか。

そんなふうに、
一つひとつの言動に、
自分で点数をつけているようでした。

でも、
日常の会話は、
試験ではありません。

すべての言葉に、
正解があるわけでもありません。

相手がどう感じるか、
コントロールすることもできません。

だから、
人と話したあとに不安になったときは、
自分に言い聞かせるようにしています。

周りの人は、
私を評価するためだけにいるわけではない。

私が思っているほど、
細かいことまで気にしていないかもしれない。

そう考えると、
少しだけ気持ちが楽になることがあります。

自分が気にしているほど、相手は気にしていないかもしれない

もう一つ、
自分に言い聞かせていることがあります。

それは、
「自分が気にしているほど、相手は気にしていないかもしれない」
ということ。

例えば、
自分が誰かと話したとき。

相手の言葉を、
一言一句覚えているわけではありません。

少し言い間違えたとしても、
気にせず会話を続けることもあります。

相手も、
同じかもしれません。

もちろん、
実際にどう思っているのか分かりません。

でも、
「きっと変に思われた」と決めつけるよりも、
「何も気にしていないかもしれない」と考える方が、
私には少し楽でした。

不安になると、
どうしても悪い可能性ばかり考えてしまいます。

だからこそ、
ほかの可能性もあることを、
思い出すようにしています。

それだけで、
考えすぎていた気持ちが、
少し落ち着くことがあります。

不安をなくそうとするほど、苦しくなることもありました

以前の私は、
不安を感じる自分が嫌でした。

どうして、
こんなに周りの目を気にしてしまうのだろう。

どうして、
もっと気楽に話せないのだろう。

どうして、
何度経験しても慣れないのだろう。

そんなふうに、
不安になること自体を責めていました。

でも、
不安を感じないようにしようと思っても、
簡単になくなるわけではありません。

むしろ、
不安を感じている自分に気づくたびに、
また自分を責めてしまう。

そんなことを、
繰り返していました。

だから今は、
不安や苦手を完全になくすことだけを、
目標にしなくてもいいのではないかと思っています。

不安を感じることがあっても、
少し気持ちを落ち着かせられたら。

考えすぎていることに気づいて、
別の見方を思い出せたら。

それだけでも、
私にとっては意味のあることです。

不安をなくすことと、
不安に振り回されすぎないことは、
同じではないのだと思います。


分かっていても、不安になるときはあります

もちろん、
いつでもこの考え方ができるわけではありません。

例えば、
プレゼンをするとき。

大勢の前で、
話さなければならないとき。

たくさんの視線が自分に向いていると、
どうしても緊張してしまいます。

周りの人は、
私を評価するためだけにいるわけではない。

自分が思っているほど、
細かいことまで気にしていないかもしれない。

頭では、
そう分かっているつもりです。

でも、
いざその場に立つと、
そんなふうに考える余裕がなくなることがあります。

不安が大きくなると、
自分に言い聞かせていた言葉さえ、
思い出せなくなることもあります。

以前の私は、
そんな自分を責めていました。

分かっているのに、
どうしてできないんだろう。

何度も経験しているのに、
どうして慣れないんだろう。

でも今は、
少し違うふうに考えています。

普段は少し楽になれる考え方でも、
すべての場面で通用するとは限らない。

だから、
うまく気持ちを切り替えられなかった日まで、
責める必要はないと思っています。

不安を感じる自分を、責め続けなくてもいい

私は今でも、
人の目が気になります。

周りの空気を読みすぎて、
疲れてしまうこともあります。

不安になったときに、
うまく気持ちを切り替えられないこともあります。

でも、
そんな自分を、
以前ほど責め続けなくてもいいのではないか。

そう考えるようになりました。

苦手なことがあっても、
必要な場面では向き合ってきました。

緊張しながらでも、
仕事をしてきました。

不安を感じるからといって、
何もできないわけではありません。

そして、
不安がなくならないからといって、
努力が足りないわけでもないと思います。

できることを少しずつ増やしながら、
苦手な自分とも付き合っていく。

そんな向き合い方が、
今の私には合っているのかもしれません。

自分を変えたいと思い続けてきた経験については、
こちらの記事にも綴っています。
→【「変わらなくていい」と決めたら、生きるのが少し楽になりました】

私が、不安になったときに思い出したいこと

不安を感じたとき、
私は自分に言い聞かせるようにしています。

周りの人は、私の審査員ではない。

日常の会話は、
正解を求められる試験ではありません。

相手がどう思ったのかは、実際には分からない。

悪い方向に決めつけなくても、
いいのかもしれません。

自分が気にしているほど、相手は気にしていないかもしれない。

自分が考えていることと、
相手が考えていることは、
必ずしも同じではありません。

そして、
もう一つ。

不安になる日があっても、自分を責めなくていい。

これらの言葉を思い出しても、
不安がなくならないことはあります。

でも、
少しだけ気持ちが軽くなることもあります。

だから、
これからも自分のペースで、
不安と向き合っていきたいと思っています。

最後に

人の目が気になること。

周りの空気を読みすぎてしまうこと。

相手の反応を、
何度も思い返してしまうこと。

そんな自分を、
私は長い間変えたいと思っていました。

でも、
大人になった今でも、
不安を感じることはあります。

それでも、
考え方を少し変えることで、
気持ちが楽になることもありました。

周りの人は、
私の審査員ではない。

相手がどう思ったかは、
実際には分からない。

自分が気にしているほど、
相手は気にしていないかもしれない。

そう言い聞かせることで、
不安が少し落ち着くことがあります。

もちろん、
いつでもうまくいくわけではありません。

プレゼンや大勢の前では、
今でも緊張してしまいます。

それでも、
不安を感じる自分を、
責め続ける必要はないと思っています。

不安をなくせなくても、
不安との向き合い方は、
少しずつ変えていける。

今の私は、
そう考えています。

もし、
同じように人の目が気になって、
疲れてしまう人がいたら。

不安を感じる自分を、
責めすぎないでほしいと思います。

無理に、
不安をなくそうとしなくてもいい。

まずは、
少しでも気持ちが楽になる考え方を、
自分のペースで見つけていけたら。

それだけでも、
十分に意味のあることなのかもしれません。

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