集団行動がしんどいのは、“甘え”じゃない

02. HSP

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集団行動がしんどいのは、“甘え”じゃない

昔から、
集団行動が苦手でした。

みんなで一緒に過ごす時間。

複数人での会話。

グループで何かを決めること。

周りの人にとっては、
何でもないように見える時間が、
私にはとても辛くて、疲れるものでした。

誰かと過ごすことが、
嫌いなわけではありません。

むしろ、
人と話すこと自体は好きです。

でも、
人数が増えると、
途端にうまく話せなくなってしまう。

そんな自分が、
昔から不思議でした。

そして、
周りの人と同じようにできないことを、
ずっと気にしていました。

2人なら話せるのに、3人になると話せなくなる

私が特に苦手なのは、
3人以上での会話です。

1対1なら、
自然に話せます。

相手の話を聞いて、
自分の考えを伝える。

会話の流れも、
それほど難しく感じません。

でも、
そこにもう1人加わるだけで、
急に難しくなってしまうのです。

今、誰が話そうとしているんだろう。

私は、いつ話せばいいんだろう。

ここで何か言ったら、
会話を遮ってしまわないかな。

そんなことを考えているうちに、
話すタイミングを逃してしまいます。

そして、
気づけば聞き役になっている。

話したいことがないわけではありません。

でも、
頭の中でいろいろ考えすぎて、
言葉が出てこなくなるのです。

人数が増えるほど、
気にしなければならないことも増えていく。

私にとって、
複数人での会話は、
それだけで気を張る時間でした。

給食の時間も、気が休まりませんでした

学生時代、
特に苦手だった時間の一つが、
給食の時間でした。

机を寄せて、
班のみんなで円になって食べる。

周りの人たちは、
楽しそうに会話をしていました。

でも私は、
その輪の中にいるだけで緊張していました。

何か話さなきゃ。

黙っていたら、
変に思われるかな。

誰かが話しかけてくれても、
うまく返せないことがありました。

そして、
自分の返事のあとに会話が止まってしまうと、
申し訳ない気持ちになりました。

せっかく話しかけてくれたのに。

もっと気の利いたことが言えたらよかったのに。

そんなことを考えていました。

本当なら、
食事を楽しむ時間だったはずです。

でも私にとっては、
周りの反応を気にしながら過ごす時間でもありました。

授業で当てられることも、怖かった

学校生活では、
授業中も気が抜けませんでした。

特に、
出席番号と日付が同じ日。

先生に当てられるかもしれない。

そう思うだけで、
前日から不安になることがありました。

もし、答えられなかったら。

間違ったことを言ってしまったら。

みんなに注目されたら。

そんなことを、
何度も考えていました。

実際に当てられるかどうかは、
分かりません。

それでも、
その可能性があるだけで、
気持ちが落ち着かなくなるのです。

私が怖かったのは、
問題を間違えることだけではありませんでした。

みんなの視線が、
一斉に自分へ向くこと。

その場の空気が、
自分の言葉によって変わってしまうこと。

それが、
とても怖かったです。

集団の中にいるのも、離れるのも怖かった

それほど集団行動が苦手なら、
ひとりで過ごせばよかったのかもしれません。

でも、
当時の私には、
それも簡単なことではありませんでした。

ひとりでいるところを見られたら、
どう思われるだろう。

友達がいないと思われそう。

周りから浮いてしまうかな。

そんなことが、
気になっていました。

集団の中にいると、
気を遣って疲れてしまう。

でも、
集団から離れることも怖い。

どちらを選んでも、
心が落ち着きませんでした。

私は、
ひとりで過ごすこと自体が、
嫌だったわけではありません。

ただ、
周りの人からどう見られるかが、
とにかく怖かった。

そして、
自分がいないところで、
みんなの関係が変わってしまうことにも、
不安を感じていました。

自分がいない間に、
話についていけなくなったらどうしよう。

知らないうちに、
距離ができてしまったらどうしよう。

そんな不安もあって、
無理をしてでも集団の中にいようとしていました。

ひとりでいることへの気持ちは、
こちらの記事でも綴っています。
→【ひとりが好き。でも、ひとりぼっちは怖かった】

みんなと同じようにできない自分が、嫌でした

周りを見渡すと、
集団の中でも自然に話せる人が、
たくさんいるように見えました。

誰かが話せば、
自然に会話が続いていく。

冗談を言ったり、
笑い合ったり。

そんな姿を見るたびに、
羨ましく感じていました。

どうして私は、
同じようにできないんだろう。

もっと気楽に話せたらいいのに。

何も考えずに、
みんなと楽しめたらいいのに。

そんなふうに、
何度も思っていました。

集団行動が苦手なのは、
自分の努力が足りないからなのかもしれない。

もっと積極的になれば、
変われるのかもしれない。

そう考えたこともありました。

でも、
頑張って会話に入ろうとしても、
周りの反応が気になってしまいます。

無理に明るく振る舞えば、
今度はそのことに疲れてしまう。

周りに合わせようとするほど、
自分が苦しくなることもありました。

何もしていないように見えても、疲れていました

集団の中にいるとき、
私はいつも、
いろいろなことを考えていました。

誰かが話し始めたら、
その人の話を聞く。

別の人が話し始めたら、
そちらにも意識を向ける。

相手の表情や、
会話の流れを気にする。

自分が何か言ったあとには、
変なことを言っていなかったか考える。

そんなことを繰り返していました。

外から見れば、
ただ静かに座っているだけだったかもしれません。

でも、
頭の中は大忙し。パンク寸前。

何か特別なことをしたわけではないのに、
家に帰ると、
どっと疲れを感じることがありました。

楽しく過ごせた日でも、
疲れることはありました。

だから、
集団行動が苦手なのは、
単に人が嫌いだからではないのだと思います。

私の場合は、
複数人の中で過ごすだけで、
たくさんのことに気を配っていたのです。

大人になった今でも、集団行動は苦手です

社会人になって、
私を取り巻く環境は変わりました。

学生時代のように、
毎日同じ集団の中で過ごすことは、
少なくなりました。

自分のペースで過ごせる時間も増え、
以前より気持ちが楽になった部分もあります。

でも、
集団行動そのものが得意になったわけではありません。

今でも、
3人以上で会話をするのは苦手です。

誰が話しているのか。

いつ自分が話せばいいのか。

自分の発言で、
会話が止まってしまわないか。

そんなことを考えているうちに、
疲れてしまうことがあります。

大人になったら、
自然と慣れるものだと思っていました。

でも、
私の場合はそうではなかった。

ただ、
一つ変わったことがあります。

それは、
苦手な集団の中に、無理に居続けなくてもよくなったこと。

学生時代は、
周りと同じように過ごさなければならない場面が、
たくさんありました。

でも今は、
自分が安心できる人との時間や、
ひとりで落ち着ける時間を、
以前より大切にできるようになりました。

集団行動が苦手な自分は、
今も変わっていません。

それでも、
苦手なことを無理に克服しようとするだけではなく、
自分に合った環境を大切にする。

そんな生き方も、
あっていいのではないかと思っています。

集団行動が苦手なのは、甘えなのでしょうか

昔の私は、
集団行動が苦手な自分を、
どこかで責めていました。

みんなは普通にできているのに。

私も、もっと頑張らなきゃ。

そう思っていました。

でも、
今は少し違います。

集団の中で、
何も考えずに過ごせる人もいれば、
たくさんのことが気になってしまう人もいる。

人によって、
疲れを感じる場面は違うと思います。

もちろん、
集団で協力しなければならない場面もあります。

自分の苦手なことを理由に、
すべてを避けられるわけではありません。

それでも、
苦手だと感じること自体を、
甘えだと決めつける必要はないはずです。

少なくとも私は、
集団の中で何も考えずに過ごしていたわけではありません。

むしろ、
周りに合わせようとして、
必要以上に気を張っていました。

だから今は、
苦手な自分を責め続けるよりも、
どうすれば無理なく過ごせるのかを、
考えていきたいと思っています。

最後に

昔から、
集団行動が苦手でした。

給食の時間も。

授業中も。

友達と過ごす時間も。

周りの反応が気になって、
心から落ち着けないことがありました。

集団の中にいるのは苦しいのに、
そこから離れることも怖かった。

そんな学生時代を過ごしていました。

そして、
大人になった今でも、
3人以上での会話は苦手です。

正直、
昔と同じくらい苦手だと感じています。

でも、
以前と違うこともあります。

それは、
自分に合った過ごし方を、
少しずつ選べるようになったことです。

無理に大人数の輪に入らなくても、
安心できる人と過ごす時間があります。

ひとりでゆっくり過ごす時間も、
大切にできるようになりました。

苦手なことを、
無理に克服して好きになる必要はない。

今は、そう思っています。

もちろん、
これからも苦手な場面に出会うことはあると思います。

それでも、
周りの人と同じようにできないからといって、
自分を責め続けたくはありません。

集団の中で疲れてしまう自分も、
今の私の一部です。

だからこそ、
無理をしすぎず、
自分が安心できる時間や環境を、
これからも大切にしていきたいと思っています。

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