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大学生の頃。
私は、嘔吐恐怖症を発症し、
食べることが怖くなりました。
大好きだったご飯も。
昔は毎日食べていたスイーツも。
ほとんど食べることができなくなりました。
──────
食べることが怖くなった話は、
以前別の記事でも綴りました。
生きるために必要な「食べる」ということが、
恐怖になってしまった。
あの頃は、
本当に苦しかったです。
でも。
食べられるようになってからも、
すぐに全部が元通りになったわけではなくて。
──────
少しずつ、
ご飯を食べられるようになる。
「今日は食べられた」
そう思える。
それだけでも、
昔の私にとっては大きなことでした。
でも。
食べ終わったあと。
ふと、
自分の身体に意識が向く。
お腹、
大丈夫かな。
胃、
変じゃないかな。
ちょっと重い気がする。
気持ち悪くないかな。
そんなことを、
考えてしまう。
──────
普通だったら。
ご飯を食べたら、
「おいしかった」
「お腹いっぱい」
それで終わると思います。
でも私は、
食べ終わったあとまで安心できませんでした。
食べた。
↓
今のところ大丈夫。
↓
でも、少しお腹が重い。
↓
これって大丈夫かな。
↓
気持ち悪くなったらどうしよう。
そんなふうに、
また不安が始まる。
──────
食べている最中は、
なんとか大丈夫。
でも。
食べ終わった瞬間から、
身体の感覚が気になってくる。
「今、気持ち悪くない?」
「大丈夫?」
自分の身体を、
何度も確認してしまう。
──────
そして。
それが一番強く出たのが、
外食のシーン。
家なら、
まだ安心できる。
もし気持ち悪くなっても、
すぐに横になれる。
自分の家だから、
落ち着ける。
でも外食は違いました。
お店の中。
周りには、
知らない人がいる。
すぐに家へ帰れるわけでもない。
食べている途中で、
「やっぱり無理」と思っても。
簡単には、
その場を離れられない。
──────
だから、
外食の予定が入ると。
「何を食べよう」
よりも先に、
「大丈夫かな」
と、不安がよぎる。
何を食べれば安心かな。
量は大丈夫かな。
食べたあと、
気持ち悪くならないかな。
途中で気持ち悪くなったら、
どうしよう。
そんなことばかり。
──────
友達とご飯を食べること。
それは、
昔の私にとって、
とっても幸せで、
楽しいことで。
私の人生に、欠かせないものでした。
新しいお店へ行ったり。
好きなものを注文したり。
食べながら、
くだらない話をしたり。
そんな最高の時間。
でも。
今の私はまるで別人のようで。
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メニューを見ても。
「これ、おいしそう」
より、
「これは大丈夫かな」
と思ってしまう。
注文しても。
料理が運ばれてきたら、
「食べきれるかな」
と考える。
食べ始めても、
「今のところ大丈夫」
と確認する。
そして食べ終わっても、
「このあと大丈夫かな」
と考える。
一回の食事の中に、
こんなにたくさんの「大丈夫かな」がありました。
──────
周りから見たら、
普通にご飯を食べているように
見えていたかもしれません。
笑って。
話して。
ご飯を食べて。
何も問題がないように見える。
でも私の頭の中では。
ずっと、
自分の身体を気にしていました。
「大丈夫かな」
「気持ち悪くないかな」
「このまま大丈夫かな」
そんなことを考えながら、
ご飯を食べていました。
──────
今振り返ると。
食べること自体が怖いのではなくて、
食べた「あと」に何か起きるかもしれないことが怖くて。
何かを口にすると、
「この後、もし気持ち悪くなったら。」
そんな未来まで、
一緒についてきてしまう。
──────
それでも。
少しずつ、
食べられるものが増えていきました。
最初は、
安心できるものから。
大丈夫だった。
そう思える経験が、
一つずつ増えていく。
今日も食べられた。
昨日も大丈夫だった。
そんな経験を重ねていくうちに。
少しずつ、
「食べる」ということに慣れていきました。
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そして今。
私は、
好きなものを食べられるようになりました。
好きな時間に。
好きなものを。
「今日はこれ食べたい」
そんな気持ちで、
ご飯を選べる。
これは、
当たり前のことのようで。
私にとっては、
当たり前ではありません。
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以前だったら。
「食べたい」
と思っても、
「でも、怖い」
が先に来ていた。
今は、
「食べたい」
と思ったら。
「じゃあ、食べよう」
と思えることが増えました。
それだけでも、
本当に嬉しいです。
──────
もちろん。
今でも、
体調が悪い日はあります。
食べたあとに、
少し胃が重いこともあります。
そんなとき、
「大丈夫かな」
と思うこともあります。
でも。
昔のように、
その感覚だけで全部が怖くなることは、
少なくなりました。
「今日はちょっと調子が悪いのかもしれない」
そう思って、
そのまま過ごせる日も増えました。
──────
「食べたあと、自分の身体をずっと監視しなくてもいい」
そう思えるようになったことも、
私にとっては大きかったのかもしれません。
食べたら、
食べたことを忘れていい。
おいしかったな。
で終わっていい。
食後の自分の身体を、
ずっと確認しなくてもいい。
そんな普通の時間が、
少しずつ戻ってきました。
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だから今、
ご飯を食べたあとに、
「おいしかった」
と思えることが、
すごく幸せです。
食べたことを後悔しない。
食後の身体を、
ずっと気にしない。
次のことを考えられる。
そんな時間が、
本当にありがたい。
──────
あの頃は。
「どうして普通に食べられないんだろう」
と思っていました。
みんなは普通に食べているのに。
どうして私は、
こんなに怖いんだろう。
どうして、
食べるだけのことができないんだろう。
自分を責めたこともありました。
でも今は。
あの頃の自分を、
責めたいとは思いません。
怖かったんだから、
仕方なかった。
食べることが怖い中でも。
それでも、
少しずつ食べようとしていた。
それだけで、
十分頑張っていたと思います。
──────
もし今。
食べることが怖い方がいたら。
外食が怖い方も。
食後の身体の感覚が怖い方も。
「こんなことを気にしているのは、
私だけなのかな」
と思わなくて大丈夫です。
私も、
食べることにたくさん悩んだ時期がありました。
そして。
少しずつ。
本当に少しずつ。
「食べても大丈夫だった」
という経験を、
積み重ねていきました。
──────
今では。
好きなものを、
好きな時間に食べられる。
それだけで、
幸せだなと思います。
当たり前だと思っていたことが、
当たり前ではなくなった経験があるからこそ。
食べられることのありがたさを、
前よりずっと感じるようになりました。
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もし今、
食べることが怖くなっているなら。
「食べられない自分はダメなんだ」
と、
自分を責めないでくださいね。
怖い中でも、
今日を過ごしている。
それだけで、
本当に十分頑張っています。
私も、
同じように食べることが怖かった一人です。
そして今は。
食べることが、
少しずつ「怖いもの」から
「楽しめるもの」に戻ってきました。
「こんな人もいるんだ」
そう思ってもらえるだけで、
嬉しいです。
この場所が、
少しでも安心して息をつける場所になりますように。
「食事」につきまとう、不安
03. 嘔吐恐怖症


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