バイト中だけ、私は普通の人に戻れた

03. 嘔吐恐怖症

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大学生の頃。

嘔吐恐怖症だった私は、
毎日、予期不安に苦しんでいました。

気持ち悪くなったらどうしよう。

吐いたらどうしよう。

外で具合が悪くなったらどうしよう。

そんなことばかり考えていました。

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でも。

そんな私にも、

唯一、恐怖を忘れられる時間がありました。

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それは、

アルバイトの時間です。

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当時の私は、
週3日ほど、スーパーで働いていました。

仕事内容は、

レジと品出し。

ごく普通のアルバイトです。

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夕方になると、
お店はかなり混雑します。

次々に来るお客様。

鳴り続けるレジ。

終わらない品出し。

とにかく忙しい。

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でも不思議なことに。

あれほど毎日苦しんでいた私が、

バイト中だけは平気だったのです。

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もちろん。

バイトへ行く前は不安でした。

今日も行けるかな。

途中で気持ち悪くなったらどうしよう。

レジ中に具合が悪くなったらどうしよう。

怖い。行きたくない。

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でも、当時の私は、

心療内科へ通うお金も必要でした。

不安を和らげるためのグッズも、金額を気にせず沢山買いたかった。

生活や心にゆとりを持っていたかった。

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だから怖くても、

働かなければいけませんでした。

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でも。

実際に働き始めると、

その不安は少しずつ消えていきました。

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吐き気を忘れる。

動悸も気にならない。

身体の違和感も気にならない。

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気づけば、

あっという間に退勤時間。

さっき出勤したばかりなのに、

「もう終わり?」

と思う日もありました。

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まるで。

嘔吐恐怖症になる前の自分に戻ったみたいでした。

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今振り返ると。

私は仕事に没頭していたのだと思います。

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次のお客様の対応。

次の作業。

次の商品。

次にやること。

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考えることが次々に出てくる。

だから、

自分の身体を監視する時間がない。

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予期不安を考える暇がなかったのです。

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そして実は。

当時の私も、

なんとなく気づいていました。

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忙しい時は平気。

考える時間があると苦しくなる。

予期不安は、

気にすればするほど大きくなる。

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だから本当は、

回復へのヒントも見えていました。

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何かに集中する。

何かに没頭する。

考える時間を減らす。

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きっと、それが大切なんだろうな。

そんなことは、

当時の私も薄々分かっていました。

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でも。

それができたら苦労しません。

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新しい趣味を始める。

外へ出る。

気分転換をする。

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そういうアドバイスを見ても、

それが、回復へのヒントだとわかっていても、

怖くて動けなかった。

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頭では分かっている。

でも身体がついてこない。

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分かっているのにできない。

それが本当に苦しかったです。

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バイトが終わると、

私はいつも安心していました。

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今日も無事に終わった。

今日も帰ってこられた。

そんな解放感がありました。

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でも。

お風呂に入る頃。

ご飯を食べる頃。

寝る前の静かな時間。

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少しずつ、

また不安が戻ってくる。

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忙しさの中で隠れていた予期不安が、

また顔を出すのです。

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それでも。

あのバイトの時間は、

私にとってとても大切なものでした。

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なぜなら。

バイト中だけは、

昔の自分に戻れていたからです。

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その時間があったからこそ。

私は少しだけ、

症状に苦しんでいる自分自身を、客観的に見ることができました。

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バイト中の私は、

笑っていました。

お客様と普通に会話をしていました。

吐き気のことも忘れていました。

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つまり。

「本来の私は、こうだったんだ」

ということを、

思い出すことができたのです。

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苦しんでいる時の私は、

自分のことを、

ずっと壊れてしまった人間だと思っていました。

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もう元には戻れないかもしれない。

一生このままかもしれない。

そんなことばかり考えていました。

──────

でも。

バイト中だけは違った。

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不安に支配されている自分とは別に、

昔の自分も、

ちゃんと残っていた。

消えてしまったわけじゃなかった。

見えなくなっていただけだった。

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もちろん当時は、

そこまで冷静には考えられませんでした。

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それでも心のどこかでは、

「予期不安が症状を大きくしているのかもしれない」

と感じていました。

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そして今振り返ると。

その気づきは、

回復への小さなヒントだったように思います。

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症状に支配されているように感じても。

不安しかないように感じても。

夢中になれる時間があると、

不安は少し静かになることがある。

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あの頃の私は、

アルバイトでそれを教わりました。

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もし今、

予期不安で苦しんでいる方がいたら。

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「少しだけ楽だった時間」

「少しだけ昔の自分に戻れた時間」

がなかったか、

思い出してみてください。

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私は、

アルバイトの時間だけ。

ほんの少しだけ、

普通の自分に戻れていました。

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そしてその時間は、

回復へのヒントをくれた、

大切な時間でもありました。

当時は気づかなかったけれど。

私はあの頃、

少しずつ回復への道を歩き始めていたのかもしれません。

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「こんな人もいるんだ」

そう思ってもらえるだけで嬉しいです。

この場所が、

少しでも安心して息をつける場所になりますように。

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