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大学生の頃。
嘔吐恐怖症になった私は、
よくインターネットで検索をしていました。
「嘔吐恐怖症」
「吐くのが怖い」
「吐き気が怖い」
そんな言葉を、
何度も検索していました。
──────
最初は、
安心したかっただけでした。
自分と同じような人がいるのか。
自分だけがおかしいわけじゃないのか。
どうしてこんなに怖いのか。
何か分かることがあるかもしれない。
そう思って、
検索していました。
──────
でも。
いくら調べても。
なかなか、
自分が探しているようなものは見つからなくて。
検索すると出てくるのは、
クリニックや病院が発信している記事。
嘔吐恐怖症についての説明。
症状について書かれたもの。
そして、
医療機関が紹介している症例。
情報そのものは、
たくさんありました。
でも。
私が知りたかったのは、
少し違くて。
──────
「実際に、こういうことで悩んでいました」
「電車が怖かったです」
「食べることが怖くなりました」
「こんなことを考えていました」
そんな、
実際に経験した人の言葉。
それが、
なかなか見つかりませんでした。
──────
もちろん。
病院やクリニックが発信している情報も、
当時の私には必要でした。
「こういう症状があるんだ」
「私だけではないんだ」
そう思えることもありました。
でも。
どこか、
知りたいものとは違う。
「この怖さを抱えながら、毎日を過ごしていた人の話」が知りたかった。
そんな気持ちがありました。
──────
だから、
また検索する。
別の言葉で検索してみる。
少し言葉を変えてみる。
もっと具体的に検索してみる。
「同じ人はいないかな」
「私と同じような経験をした人はいないかな」
そうやって、
ずっと探していました。
──────
そして。
検索を続けていると、
症例や体験について書かれたものが、
たくさん目に入ってきます。
自分が経験したことのない症状。
自分が考えたこともなかったこと。
自分が知らなかった、「怖いこと」。
最初は、
ただ知識として読んでいました。
でも。
一度知ってしまうと。
今度は、
「これって、私にも起こるのかな」
と思うようになって。
──────
今まで、
そんなことを考えたこともなかったのに。
誰かの症例を読んだことで、
「そういうこともあるんだ」
と知る。
すると。
次に何か予定があるとき。
その情報が、
頭の中に出てくる。
「もし私もそうなったら?」
まだ経験していない。
今、何も起きていない。
それなのに。
知らなかった不安が、
一つ増えている。
──────
だから。
また検索する。
「じゃあ、
こういう場合はどうなんだろう」
「この症状は大丈夫なのかな」
「同じような人はどうしているんだろう」
そうやって調べているうちに。
また新しい情報が出てくる。
そして。
また新しいことが気になる。
──────
安心したくて、
調べ始めたはずなのに。
気づけば。
調べる前よりも、怖くなっている。
そんなことの繰り返しでした。
──────
それでも、
検索をやめられませんでした。
怖くなったからこそ。
「ちゃんと知っておきたい」
と思って。
知っておけば、
何か起きても大丈夫かもしれない。
知らないことのほうが、
怖い。
だから、
また調べる。
──────
私は、
安心できる答えを
ずっと探していたんだと思います。
「こういうときなら大丈夫」
「これは心配しなくていい」
「こんなことにはならない」
そんな答えが、
どこかにあると思っていました。
でも。
いくら調べても、
「絶対に大丈夫」という答えはありません。
一つ安心できる情報を見つけても。
「でも、こういう場合は?」
と、また気になる。
だから、
また調べる。
──────
そして。
知れば知るほど、
怖いことが増えていきました。
今まで知らなかったことを、
たくさん知ってしまう。
知らなければ、
怖がらなかったかもしれないことまで。
「こんなこともあるんだ」
と知ってしまう。
それが苦しかったです。
──────
でも。
そんな中でも、
ずっと探していたものがありました。
それは、
「私と同じような人の話」
でした。
症状の説明ではなく。
専門的な解説でもなく。
誰かの経験談。
実際に、
嘔吐恐怖症で悩んだ人が。
どんなことを怖いと思って。
どんなふうに毎日を過ごして。
どうやって、
少しずつ前に進んでいったのか。
そういう話が、
知りたかった。
──────
でも。
当時の私には、
それがなかなか見つからなくて。
だから。
ずっと、
どこか寂しかったんだと思います。
「私だけなのかな」
「こんなふうに悩んでいる人はいないのかな」
そんなことをずっと思っていました。
──────
そして。
時間が経って。
私は、
少しずつ自分の経験を振り返るようになりました。
あの頃、
私は本当に苦しかった。
電車が怖かった。
食べることが怖かった。
外へ出ることも怖かった。
身体のちょっとした変化まで、
怖かった。
いろんなことを検索して。
いろんなことを考えて。
何度も不安になった。
──────
そのとき。
ふと思いました。
もし。
あの頃の私が、
今の私が書いたような記事を見つけていたら。
少しだけ、
安心できたんじゃないかな。
「こんな人もいるんだ」
と思えたんじゃないかな。
「私だけじゃないんだ」
と、思えたんじゃないかな。
──────
だったら。
今度は、
自分が書いてみよう。
そう思いました。
病院の先生でもない。
専門家でもない。
何か特別な知識があるわけでもない。
ただ。
実際に嘔吐恐怖症で悩んだことがある私だからこそ、書けることがある。
そう思ったんです。
──────
だから、
このブログを始めました。
私が欲しかった言葉を。
私が探していた体験談を。
少しずつ、
残してみようと思いました。
──────
もちろん。
私の経験が、
すべての人に当てはまるわけではありません。
嘔吐恐怖症といっても、
怖いものや苦しさは人それぞれです。
だから、
「こうすれば大丈夫」
と、
言いたいわけではありません。
ただ。
「私はこうでした」
と、
伝えてみたい。
──────
昔の私が、
インターネットで探していたような。
「電車が怖かった人」
「食べることが怖くなった人」
「身体の感覚が怖かった人」
「何度も検索してしまった人」
そんな人の言葉が、
どこかにあったら。
きっと、
少しだけ心強かったと思う。
──────
そして。
今こうして、
私が文章を書いていることも。
もしかしたら、
昔の私のように検索している誰かに届くかもしれない。
「嘔吐恐怖症」
と検索して。
不安な気持ちで、
画面を開いて。
そこに、
「私もそうだったよ」
と書いてある。
それだけで、
少しだけ安心できることがあるかもしれない。
私は、
そんな場所を作りたいと思って、
今日に至っています。
──────
今の私は、
インターネットで調べることは
ほとんどなくなりました。
知らないことを知ることは、
もちろん大切です。
でも。
もし調べれば調べるほど、
怖くなってしまうときは。
一度、
画面を閉じてもいい。
全部を知ろうとしなくてもいい。
今すぐ、
答えを見つけなくてもいい。
──────
あの頃の私は。
「知らないこと」が怖かった。
だから、
たくさん調べました。
安心するために。
自分を守るために。
少しでも、
怖くない方法を探すために。
でも。
調べるほど、
知らなくてもよかったことまで知ってしまうことがある。
そして。
その情報が、
新しい不安になることもある。
──────
でも。
あの頃の自分に、
「そんなに調べなくてもいいよ」
とは言わないと思います。
きっと、
当時の私には、
それが必要だったんだと思うから。
──────
そして。
今度は、
私が書いておく。
あの頃の私が、
見つけられなかったような言葉を。
専門的な説明ではなく。
完璧な克服談でもなく。
ただ。
「私は、こんなふうに悩んでいました」
という経験談を。
──────
もし今。
嘔吐恐怖症について、
何度も検索している方がいたら。
同じような人を探している方がいたら。
もしかしたら、
私と同じように。
「自分だけなのかな」
と思っているかもしれません。
私も、
そうでした。
なかなか自分と同じような人の話が見つからなくて。
だから、
もっと知りたくなって。
たくさん調べて。
そして、
余計に怖くなったこともありました。
──────
でも今は。
あの頃の私が、
ずっと探していたものを。
少しずつ、
自分で作っていけたらと思っています。
誰かの不安を、
完全になくすことはできないけれど。
「私も同じだったよ」
と伝えることはできる。
「ここにも、
あなたと似た経験をした人がいるよ」
と、
伝えることはできる。
──────
それだけでも。
あの頃の私には、
きっと嬉しかったと思います。
だから、
このブログを書いています。
もしあなたが、
不安な気持ちでこの場所に来てくれたのなら。
少しだけ、
ここで休んでいってください。
答えを見つけなくてもいい。
全部を理解しなくてもいい。
ただ、
「こんな人もいるんだ」
そう思ってもらえるだけで、
私は嬉しいです。
この場所が、
少しでも安心して息をつける場所になりますように。
安心したくて、調べ続けた毎日
03. 嘔吐恐怖症


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