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人に合わせ続けた私は、自分がわからなくなっていました
昔から、
人に合わせることが当たり前でした。
「何が食べたい?」
「どこに行きたい?」
そんな何気ない質問にも、
自分の希望を伝えることが苦手でした。
「何でもいいよ」
「みんなに合わせるよ」
そう答える方が、
ずっと気楽だったのです。
本当は、
食べたいものがある日もありました。
行ってみたい場所がある日もありました。
それでも、
相手の希望を優先してしまう。
そんなことを繰り返しているうちに、
いつの間にか。
自分が何をしたいのかさえ、
よく分からなくなっていました。
自分の希望よりも、相手の気持ちが気になって
誰かと一緒にいるとき、
私が一番気にしていたのは、
「相手がどう思うか」ということでした。
自分の意見を言ったら、
困らせてしまうかもしれない。
相手の希望と違ったら、
嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。
せっかく一緒にいるのだから、
楽しく過ごしてほしい。
そんな気持ちから、
いつも相手に合わせていました。
もちろん、
相手を思いやることは大切だと思います。
でも、私の場合は、
相手の気持ちを優先するあまり、
自分の希望を後回しにしすぎていました。
本当は違うものが食べたくても、
「私もそれでいいよ」と答える。
本当は少し疲れていても、
「大丈夫」と笑う。
相手が楽しそうにしていると、
それだけで安心できました。
自分の話をするより、聞き役でいる方が気楽でした
会話の中でも、
自分のことを話すより、
相手の話を聞いている方が気楽でした。
自分の意見を伝えると、
相手にどう思われるか気になって仕方なくて。
でも、
相手の話を聞いているだけなら、
自分の考えを否定されることもない。
そんなふうに考えていました。
相手の話にうなずいて、
笑って、
共感する。
それが、
私にとって一番安心できる会話の形でした。
人の話を聞くこと自体は好きです。
でも、
自分の気持ちを伝えたいときまで、
言葉を飲み込んでしまうことがありました。
「私はこう思うよ」
その一言を言う前に、
相手がどう受け取るかを考えてしまう。
そして結局、
自分の意見を言わないまま、
会話が終わることがほとんどした。
「私はどうしたい?」が、分からない
人に合わせることを繰り返していると、
少しずつ変わっていったことがありました。
それは、
自分の気持ちを考える機会が、
減っていったことです。
誰かと何かを決めるときも、
まず相手の希望を聞く。
相手が決めてくれたら、
それに合わせる。
そうしているうちに、
自分で選ぶことが少なくなっていました。
「私は、どうしたいんだろう」
そう考えてみても、
すぐには答えが出ないことがありました。
好きなものが、
何もなかったわけではありません。
やりたいことが、
まったくなかったわけでもありません。
ただ、
自分の気持ちよりも、
相手の気持ちを優先することに慣れすぎていたのだと思います。
誰かに合わせることはできるのに、
自分の希望を選ぶことは難しい。
そんな自分に、
少しずつ違和感を覚えるようになりました。
人に合わせることが、当たり前だった学生時代
特に学生時代は、
周りに合わせることが多かったです。
学校では、
集団で過ごす時間がたくさんありました。
同じ教室で、
同じ人たちと過ごす毎日。
その中で、
人間関係をうまく保つことは、
私にとって一番大切でした。
自分の意見を言って、
場の空気が変わってしまうことが怖い。
周りと違うことを言って、
浮いてしまうことが怖い。
だから、
自分の希望を伝えるよりも、
みんなに合わせる方を選んでいました。
それが続くうちに、
相手に合わせることが、
自分にとって自然な振る舞いになっていったのだと思います。
でも、
誰かに合わせている間、
自分の気持ちはどこにあったのでしょうか。
今になって振り返ると、
もっと自分の希望にも、
耳を傾けてあげたかったと思います。
社会人になって、環境が変わりました
そんな私に、
少しずつ変化が訪れたのは、
社会人になってからでした。
学生時代とは違い、
集団で行動する必要がなくなって。
人間関係も変わり、
誰と、どのように過ごすか、
自分で選べる場面が増えました。
もちろん、
社会人になったからといって、
人に合わせなくなったわけではありません。
自分の意見を言う前に、
相手の反応を考えてしまうこともあります。
それでも、
学生時代のように、
常に集団の中にいなければならないわけではない。
その変化は、
私にとって大きなものでした。
周りに合わせることばかり考えていた毎日から、
少しずつ離れることができたのです。
そして、
自分のことを考える余裕も、
以前より生まれるようになりました。
心を許せる人といるときは、自分の気持ちも大切にしたい
もう一つ、
私にとって大きかったのは、
安心できる人と過ごす時間が増えたことでした。
夫や家族、
心を許せる人たちと過ごしているとき。
そんな時間には、
無理に相手に合わせるのではなく、
自分の気持ちも大切にしたいと思えるようになりました。
「今日は、これが食べたい」
「ここに行ってみたい」
「今日は家でゆっくりしたい」
そんな小さな希望も、
少しずつ言葉にするようになりました。
相手の希望を聞くことも、
もちろん大切です。
でも、
自分の希望を伝えることも、
同じくらい大切にしていい。
そう思えるようになったのです。
以前の私は、
相手が楽しければ、
それでいいと思っていました。
でも今は、
一緒に過ごす時間だからこそ、
自分も楽しく過ごしたい。
そんなふうに考えるようになりました。
自分の幸せについて、考えるようになりました
環境が変わってから、
自分の好きなことや、
幸せを感じる時間について、
少しずつ考えるようになりました。
私は、何が好きなんだろう。
どんな時間を過ごしているとき、
心が落ち着くんだろう。
何をしているとき、
楽しいと感じるんだろう。
以前は、
誰かの希望に合わせることが先で、
そんなことを考える余裕がありませんでした。
でも、
自分の気持ちに目を向ける時間が増えて、
少しずつ気づくことがありました。
自分の好きなことを楽しむ時間。
無理をせず、
自分のペースで過ごせる時間。
心を許せる人と、
安心して過ごせる時間。
そんな時間が、
私にとって大切だと気付きました。
誰かに合わせることだけが、
人との関わり方ではありません。
自分の幸せも、
大切にしていい。
今は、そう思っています。
以前、
周りに合わせようとするあまり、
「いい人」でいようとしていた頃のことも、
別の記事で綴っています。
→【私は、「いい人」をやめました】
今でも、外では相手に合わせてしまいます
とはいえ、
今では自分の意見を何でも言えるようになったのかというと、
そうではありません。
今でも外では、
相手に合わせてしまうことがあります。
嫌われたくない。
場の空気を悪くしたくない。
自分の希望を伝えて、
相手を困らせたくない。
そんな気持ちは、
簡単にはなくなりません。
気づけば、
昔と同じように、
相手に合わせてしまうこともあります。
でも、
以前と少し違うのは、
自分の気持ちにも目を向けるようになったことです。
外でうまく言えないことがあっても、
安心できる場所では、
自分の気持ちを大切にしたい。
そう思っています。
人に合わせる癖が、
すぐになくなるわけではありません。
それでも、
自分の幸せについて考えられるようになったことは、
私にとって大きな変化でした。
最後に
昔の私は、
人に合わせることが当たり前でした。
相手の希望を優先して、
自分の気持ちは後回し。
そんなことを繰り返しているうちに、
自分が何をしたいのかさえ、
分からなくなっていました。
でも、
社会人になって環境が変わり、
自分を見つめ直す時間が生まれました。
そして、
心を許せる人と過ごす中で、
自分の気持ちも大切にしたいと思えるようになりました。
今でも、
外では相手に合わせてしまうことがあります。
自分の意見を言うのが怖いときもあります。
それでも、
以前のように、
誰かの気持ちばかりを優先するのではなく、
自分の幸せにも目を向けていきたい。
そう思っています。
誰かを大切にすることと、
自分を大切にすること。
そのどちらかを、
選ばなければいけないわけではないはずです。
相手の気持ちを思いやりながら、
自分の気持ちにも耳を傾ける。
そんなふうに、
少しずつ自分らしい過ごし方を見つけていけたらと思っています。




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